| 最初から強いジャッキー・チェンも魅力 ・・・ 60点(100点満点中) |
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原題:蛇鶴八歩 製作年:1978年 製作国:香港
監督:陳誌華(チェン・チーホワ)
成龍(ジャッキー・チェン) 【徐英風】
苗可秀(ノラ・ミャオ) 【タンピンエル】
金剛(カム・カン) 【チェンティ】
金正蘭(キム・チンラン)
ロー・ウェイの製作方針に反発していたジャッキー・チェンがスタッフを集めて本当にやりたかった事を詰め込んで作り上げたため、ある意味ジャッキー・チェンの製作の原点である作品。
ジャッキー・チェンの日本公開されたカンフー映画として最後の作品であり、この後は「
プロジェクトA」「
ポリスストーリー」などの現代劇のスタイルに移っていくのである。
オリジナル主題歌として「
デンジェラス・アイズ」が劇中で流れるが、配給元の東映が発売した初期のビデオソフト又はTV放送でしか聴く事ができず、
東映が権利を失ってからは挿入歌は入っていない。
少林寺に十年ごとに少林寺八派の師範たちが集まり、天下の平和を維持する目的でそれぞれの磨きあげた功夫技の長所を融合した究極の拳法「蛇鶴八歩」が生み出された。
しかし、8人の高僧達は突然失踪し蛇鶴八歩の教本が行方不明になってしまう。
ある日、飲食店のトラブルに巻き込まれた徐英風(ジャッキー・チェン)はトラブルの最中に懐から蛇鶴八歩の教本を落とし、その教本を欲しがる者達から追われる身となるが…。ジャッキー・チェンのカンフー映画が日本で評価され受け入れられた理由は、弱き青年主人公が
過酷な修行によって強くなっていく課程や真面目で堅いだけのカンフー映画ではなく笑いを取り入れた事が観客を笑わせ魅了していった。
言わばモンキーシリーズと呼ばれる一連の作品には共通項として笑いと修行が劇中に必ず盛り込まれていた。
しかし、本作品はクライマックスまでジャッキー・チェンが普通に強いのである。主人公の徐英風が「
蛇鶴八拳」の伝承者として強いのだから修行場面も当然ながら無い、内容もシリアス路線で攻めているのでコミカルな場面はほとんど取り入られていない。
ジャッキー・チェン自身が本当に作りたかった作品であるにしても、これまでの必須項目を削って製作した事は賭けに出たという事でもある。
観客を楽しませてきた人気の必須項目を削ったのだから、作品に対しての
評価も自ずと分かれるのは当たり前のことであって、私個人としては概ね斬新なジャッキー・チェンのカンフー映画として捉えている。
蛇鶴八拳の教本と伝承者である徐英風を巡って次々と現れる刺客達と蛇鶴八拳を生み出し失踪した高僧達の行方と真相を隠しながら物語が進展していくのだが、飛虎党のようにただ単純に教本欲しさの者もいれば、ノラ・ミャオ演じる四川唐門の女党首タンピンエルのように高僧の一人である父親の失踪の真相を解き明かそうとする者もいるなど、各派による教本争奪戦がなかなか面白い。
その中でも異色を放つのが、飛虎党の首領の娘であるヒュアンジュであり、季節感無視の汚いロシア帽らしき物を被って乞食として徐英風に近づき教本を奪おうとするが、クライマックスでカム・カン演じる黒竜党のチェンティに頭突き3発であの世に送られてしまう悲しき女性だ。
また、教本争奪戦の中で生まれる徐英風に想いを寄せるヒュアンジュとタンピンエルの
微妙な女心を表す女の戦いが織り交ぜているなど劇中に華を添えているのもなかなか楽しませてくれる。
教本を得るならと色仕掛けで責めたり、ヒュアンジュの最後のように血だらけの姿を描写するなど、これまでの子供から大人まで楽しめる作風ではなく大人向きな作りになっているもの大きな特徴である。
クライマックスで徐英風とチェンティの一騎打ちになるが、途中で
3人の殺し屋を仕向けたり、
鎖の付いたナイフで応戦するなど、勝利への狡賢さが加わっているのは面白く感じた。
残念なのは、本作品のポイントである蛇鶴八拳の極意というか真髄がまったく解らなかったということである。
各流派の拳法の長所を集め、蛇と鶴の形に似ているため付けられたと想像は付くが、説明的な台詞を残しつつも僅かな場面でしか見ることが出来ずに終わってしまうのは
最後まで蛇鶴八拳で引っ張ったわりには特に見せ場も無く印象が薄い。
これまでのようにコミカル重視ではなく、クールでかっこ良い主人公を設定し、美女で華を添えるなどをして大人向きのカンフー映画に挑戦したことには素直に好感が持てる。
しかし、ジャッキー・チェンにはやはり修行によって成長していく過程やコミカルで明るい作風の方が似合っているとあらためて思った事も事実である。
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